ジャニオタブログを書くのに理由はいるのか

さて、そんなこんなで、はてなブログを開設しました。

…と、さも初めてのような口ぶりだが、自身がここでアカウントをつくるのはこれで3回目となる。前回の最後はいつだっただろうか。確か3記事くらいそれっぽく更新して、結局三日坊主で終わってしまった。ちなみに「デジタルネイティブ」とも称されるミレニアル世代なだけあって、中学生くらいからモバスペ(懐かしいね)・JUGEMアメブロなど、数々の手段でもってブログを書いてきた身ではある。中には数年続いたものもあったが、今となっては広大なインターネットの海に消えていったものたちだ。

こうして作っては辞め を繰り返している私だが、それでもなんとなく「書きたい欲」は常に自分の中に渦巻いているような気がする。「こんなテーマで考察を書いてみたら面白いかな」というアイデアが浮かんでは、iPhoneのメモ機能に書き溜めていたりもする。

大好きな自担に想いを馳せて、LOVEポエムを綴りたい。無限に広がるジャニーズの可能性に胸をときめかせ、素晴らしきトンチキ世界について論じたい。才ある先人たちの胸踊るジャニオタブログを目にしては「ああ、私も語りたい。」そう思う日々だ。

 

しかし、今回の(再)開設に至るまでもなかなかすぐには踏み切れず、こうして記念すべき一記事目を綴る中でも「また三日坊主で終わったらどうしよう」という不安が頭をよぎって仕方がない。別に人気ブロガーへの階段を瞬く間に登る異才児なわけでもないのであるから、何にプレッシャーを感じているのかわからないが、スタート時点でこんな風では先が思いやられる。

それでもやっぱり、私はジャニオタブログを書きたい。このブログ欲を満たし続けていくためにも、何故ブログを書きたいのか(理由)、何に不安要素を感じているのか(障壁・課題)、結局のところこのブログは何のために存在させるのか(目的)を、この際に明確にした上で始めたいと思う。*1

 

1. そもそも、何故ジャニオタブログを書きたいのか?

 包み隠さず正直なことを申し上げるとするならば、一番の理由は「ブログが書けるジャニオタってなんか文化的でかっこいいと思っているから」だろう。

ここ数年の傾向を見ると、フォロワー千人単位の大型ジャニオタツイッタラー(長い)が多く誕生しており、みんながみんなブログを持っているわけではないが、「なるほど」と思わされる文章力や着眼点にセンスが光る。学業・仕事・主婦業とも両立させながら、趣味の領域を超えて知見を広げていたり、能動的に人生を豊かにする術を知っていそうな感じがする。社会人2年目に突入するも特にやりがいを感じることもなく、自己実現にも程遠く、自信をなくしている今の自分にはとてもキラキラした存在に見える。

そう、単純に憧れているのだ。あとは、どこかで承認欲求を満たしたい自分がいるのだろうと思う。不純な動機にも思えるが、つまりは「ジャニオタという趣味を通じて、文化的で充実した生活を送る自分になりたい」、その一つの手段としてブログを考えている、といったところだろうか。

勿論ポップカルチャー・ジャニーズカルチャーに対する純粋な興味もあって、自分なりに研究してみたい、そしてその結果を共有する場としてブログを使いたいとも思っているが、これも上記の動機に大きく繋がる部分があると思う。

 

2. ブログ運営の何に不安要素を感じているのか?

これは大きく分けて二つあると思う。一つは、私のブログ最盛期当時から、ブログの持つ意味が自分の中で変化しているということだ。当時は中学・高校生だったこともあり、半分身内向け・半分は趣味(その当時はサッカーにお熱だった)で繋がりを作るためにブログを書いていた。2010年に同様の趣旨のツイッターアカウントを作ったが、スマホを手に入れるのはまだ先の話であったし、ツイッターは最低限の情報収集ツールにとどまり、PCからAmebaを開いて友達を作るような環境にあったことも大きい。

よくもまあこんな恥ずかしげもなく、誰に向けて書いているのかもわからない文章を投稿できていたと思うが、若さは何物にも代えがたい原動力なのだと改めて実感する。それに、日記を書くようなテンションでブログを書いていたのでそこまで時間も要さなかった記憶がある。

しかし、あれから時代は移り変わり、ブログに綴らずとも140字以内という「手軽さ」で自分の日常や意見をシェアできるようになった。言わずもがな、私もツイッターランドの住人となって今に至る。要は、私の中でブログを書くことへのハードルが上がっているのだ。「ツイッターだけでは書き得ない何かしら意味のあることを、一つの文書として世に出さねばならない」と思っているので、何度も内容を精査するし、自然と時間もかかってしまう。日を置くごとに嫌になって結局陽の目を見ることがない下書きだけが残っていく経験があるので、その点が自分の中で不安なのだと思う。

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今となっては恥ずかしすぎる当時のブログ(一部抜粋)

二つ目は、モチベーションの維持だ。一つ目にも通じるが、1日の自由時間が2〜3時間程しかない社会人にとって、ブログを書くという時間のかかる行為は少々コストが高い。アクセス数が期待以上に伸びないことを思うと、承認欲求が満たされる以外に何か自分にとって得るものがないと続ける意味が見出せないような気がする。自己満足のためだけにブログができるほど、今の私に余裕はない。

 

3. では、私にとってこのブログの目的は何なのか?

ちょっとした意見を述べるくらいならツイッターで十分事足りる。それでもジャニオタブログを書くのは何故なのか?何のためなのか?(=目的)を整理したい。目的が明確ではないまま走り出すと、「ブログを書くため」にその他の行動が義務化されるような自体に陥りかねず、それだけは絶対に避けたいからだ。何故ジャニオタブログを書きたいかは1.で述べた通りだが、今一度噛み砕いて考えると、

①ジャニオタとしての解像度(=視野の深さ)を上げること

②文章力など伝える力を向上し、共感・共鳴の得かたを学ぶこと(スキルアップ)

③ ①と②を通じて自己効力感を高め(=私的にキラキラすると同義)、仕事を含む私生活に還元すること

④そして何より、趣味をさらに充実させること

を期待しているのではないかと思う。かなり抽象的な表現に落ち着いてしまっているが、同時に、これらの達成を目的として掲げたいと思う。

不安要素についてだが、要するに私は三日坊主になることを恐れている。ブログを書きたいという気持ちはあるのに、また三日坊主になってしまったら、ますます憧れのジャニオタブロガーの方々を比べてオタクとしての自信を失くしかねない。だから、私はここにおいて私への許容範囲を広げてあげたいと思う。アクセス数が伸びなくてもいいんだよ、毎週記事を投稿する必要はないんだよ、と。

 

 

ジャニオタブログを書くのに理由なんていらないだろう。

でも、ジャニオタは大切なライフワークだ。せっかくやるならちょっとでも自分のためになることをやってみようと思う。

私へ。素敵なブログ生活、楽しんで!

(3006字)

 

 

*1:ブログを書くのにそんな論理立てる必要は全くないし、自由にやればいいじゃないか、ということは私が一番理解している。ジャニオタとしての自己分析、はたまた文章を書く練習とでも捉えてもらえればいい。